巣作り
好きな物に囲まれることがこんなに楽しいことだとは、二十歳を超えるまで知らなかった。
本やお気に入りのぬいぐるみをいい感じに並べたりしたことはあるけど、基本的に部屋を飾るという発想は一人暮らしを始めて半年近く経つまで頭の中になかった。
おしゃれな家を見て憧れてもそれを自分がやるべきことと思っていなかったのは、心のどこかでいつか来るであろうその部屋との別れを意識していたからだと思う。
実家にいた時は実家を出る日のことを、留学していた時は帰国する日のこと、借りているアパートでは別の場所に引っ越す日のことを、もしくは地震か何かで全てを失う日のことを想像している。
今この部屋をあんまりにも素敵にしてしまったらいつかやって来るお別れが辛くてたまらなくなってしまうんじゃないか、離れなきゃいけないのに離れられなくなってしまうんじゃないかと心配した。
とんだ取り越し苦労だ。
それに加えて、中学生の時に起きた東日本大震災でたくさんの家が津波に飲まれていく映像を見たことや、巷で流行りのシンプリスト・ミニマリストの影響をじわじわと受けた。
とにかく出来るだけ物が少なくて片付いた清潔な部屋であれば良いと考えていた。
それに、特に一人暮らしを始めるまでは家で過ごす時間も少なかったから、清潔を保っていてちゃんと寝られさえすれば十分だった。
部屋を飾ることになったきっかけはやっぱりこの自粛ムード、家で過ごす時間の急増である。
少し前にも書いたけどとにかくおでかけが恋しくなって居ても立っても居られなくなった6月、今まで美術館・博物館で集めてきたポストカードやお出かけ先で撮った写真を壁に飾ってみた。
それが想像以上にポジティブな効果をもっていた。
今まで何もなかった壁に並んだ大好きな絵、大好きな場所、大好きな動物を毎日神様のように拝んでいる。じっと見つめているだけで幸せな気持ちになる。
調子づいて、お気に入りのアクセサリー、素敵な表紙の本、一目惚れして買ったバッグとかを見えるように置いたり掛けたり、じっくり選びながら家具を少しずつ増やしてみた。
もうすぐ今の部屋に住んで12か月目になる。物を保管し起臥寝食するためだけだった場所がかなり自分の居場所らしくなってきた。
無駄な買い物をしないことや大事に保管できない程の量を持たないということは今もある程度心掛けているけど、気に入ったものを持つことも気分よく生活するには大事なんだと気がついた。
例えば本は、電子書籍で買うことが増えたけど、自分の中でずっと関心のあるトピック(言語とか美術とか)に関するものは紙の本を買うこともある。内容が面白いのはもちろん、ただ本棚に好きな話題の本がいっぱい存在しているだけで嬉しい。
お金を使うことと物を持つことに対して必要以上にもっていた警戒心が徐々に薄れてきた。
今でも、この部屋を出る時はきっとすごく寂しいだろうなって想像することはたまにある。
でも理想が「物の少ない人」から「巣作りが上手い人」に切り替わってから、あまりそのことについて心配し過ぎることはなくなった。
コミュ力とかと同じくらいかそれ以上に、自分の巣をどんどん作っていく力って重要だと思う。
そこが一時的に過ごす場所であっても「自分の場所」に作り上げられる人ならどこに行ってもゴキゲンに生きていけるだろう。
留学していた時に見た、寮の部屋を母国の国旗や写真で埋め尽くしていたルームメイトなんかは、そういう力をちゃんと持っていたんだなあ...と今更感心する。
寮を出る時の片づけが面倒になることとかを恐れて私物を一切クローゼットの外に出さなかった私とは大違いである。
「巣作り」について考える時、小さい頃に図鑑で見たニワシドリの雄が求愛行動として作る巣のことをどうしても思い出す。
あれは居場所づくりというより雌へのアピールだけど、同じニワシドリの中でもそれぞれこだわりがあるというのが驚きだった。
あれぐらい速やかに自分のカラーの強い巣作りがどこに行ってもできる人でいたい。